【短編】暗闇

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目を覚ますとそこは暗闇だった。ここがどこなのかも、私は何者なのかもわからない。わかるのは手元にぼんやりとしたランプがあることだけだった。底知れない恐怖と、ほんの少しの好奇心が心を揺らす。このままでは何も始まらないと思い、ランプを手に持ち、歩き始めることにした。

ただひたすらに暗い世界を歩く。どこへ行けばいいのかもわからずに。歩みを止めたら何もかも駄目になる気がした。どうしてかはわからないがその予感には確信があった。歩きながら、目を閉じてみた。けれども、転ばないか不安になって、すぐに目を開けた。

疲れを感じ始めた頃、ぼんやりと明かりが見えてきた。本当にぼんやりとした、見間違いかと疑うくらい、うっすらとした明かりだった。気力を絞り、そこまで駆けた。

居たのは若い女だった。油の切れそうなランプの隣に腰掛け、息を切らした私を平然と見つめていた。私は急いで心拍を整え、尋ねた。
「そこで何をしているのですか?」
「何もしていませんよ。ただ一人ここにいるだけです。」
「ここはどこなのかわかりますか?」
「わかりません。全く。」
「そうですか。あなたはこれからどうするつもりですか?」
「どうもしませんよ。このランプとともに、ずっとずっとここにいます。」

背筋がぞっとした。ずっとずっとここにいる。その言葉に。恐怖と侮蔑の入り混じった感情の捌け口に困り、女の元から急いで去った。

私は歩き続けた。度々、ぽつり、ぽつりと、うっすらとした明かりが見えた。けれどもそれらには立ち寄らなかった。明かりの下にはまたさっきの女のような人がいると思ったから。会いたくなかった。自分が同じように染まりそうで怖かったから。歩き続けずにはいられなかった。じっとしている恐怖を忘れてしまったら、自分という存在が壊れてしまいそうだったから。

私は歩き続けた。足は震えて悲鳴をあげていた。幾度となく立ち止まりたくなった。でもそうしたら、もう二度と歩けない気がした。心身の限界が近づく中、今まで見たことのないはっきりとした明かりがこちらへ向かってきた。

正体は若い男だった。男は私を見ると、気さくに話しかけてきた。

「やぁ、なにしてるんだい?」
「ただ歩き続けているだけです。どこに行きたいのか、自分が何をしたいのかもわからずに。」
「そうか。実は私もそうなんだ。どこへ行くのかも決まってないけどね、ただ歩き続けている。いろんな人に出会ったよ。大抵はぼんやりと明かりの下で縮こまってたけど。君のように、私のように、歩き続けている人もいた。」
「私やあなたは、どこへ行くべきなのでしょうか。」
「わからないよ。でもね、私は歩き続けるよ。そのうち行くべき場所がわかるだろうと信じて疑わないからね。」
「どうしてそう信じきれるのですか。」
「信じられるか信じられないかじゃなくて、信じることから始まるんだ。信じることをやめた途端、私の足は動かなくなってしまう。歩き続けるというのは、いつか辿り着く目的地の存在を信じて初めて成り立つことだからね。」
「でも、ただじっとしている方が何倍も楽だろうって。思います。」
「そうだろうね。じっとしているのは楽だ。でも、じっとしていると、これから私たちが出会うような景色には絶対に出会わないよ。」
「その景色ってどんな?」
「わからない。ただ、きっと素晴らしい景色だろうさ。こんな暗闇からは想像もつかないようなね。」
「なんですかそれ。馬鹿らしい。」

私は笑ってしまった。男が気分を害していないか焦ったが、一緒になって笑っていた。

男と別れた後、いつの間にか手に持ったランプは前より明るくなっていた。心なしか疲労も回復している。私はまた、いつか辿り着くであろう未知の目的地へ向けて、歩み始めた。