ゲココケコ対面水Zを撃つ話

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蛙は震えていた。かつてない程の恐怖は寒気を呼んだ。辺りは奇妙な帯電空間に様変わりし、緊張を生む。その光景は、蛙と対峙するこの神の異様さを示すものに他ならなかった。

蛙はこの神と戦わなければいけなかった。蛙が望まなくとも、蛙の主がそう望んでしまったらしい。これ程までに人間を恨んだことはなかった。逃げ出したい。生存本能は当然の結論を出した。神には神を宛がればいいだろうに。どうせ後ろに控えているであろう豊穣神にでも委ねてしまいたい。しかし、それを許しはしない人がいる。お前は立ち向かえと、そう言い放つ人間がいる。叶うものなら逆らってしまいたい。なのにどうしてか抗えない強制力が己を縛る。他者に仕えるという窮屈さが体を押し潰す。


蛙は俊敏さにだけは自信があった。打たれ弱く、貧弱な身の代償として手に入れた、速さと器用さ。これまで、それを武器としやってきたのいうのに。どうやらその刃も神には届かないらしい。これが大海を知るということなのだろうか。

自分はこの異国の戦神に一体何ができるというのか。相手の手のひらに己の心臓が転がっているような心地がした。気分一つで潰える命。それがまさか自分のものであろうとは、ゆめゆめ思いたくもなかった。

何匹も、何匹も、何匹も。棄てられた仲間がいる。生まれ持った才能が少しばかり劣るというだけで。棄てられてきた同胞たちがいる。お前は優秀だ。蛙はそう言われた。そう信じて疑わなかった。なのにどうして今この瞬間、眼前の相手に、「勝てない」と、思ってしまうのだろうか。確かにそびえ立つ種族の壁を、蛙は壊す術がなかった。

蛙の手元には、命を繋ぐ襷も、あるいは速さを助ける首巻きもない。あるのは得体のしれぬ青い結晶のみ。一体ガラクタと何が違うのだろうか。ぼやくことで刻一刻と迫る死への恐怖がいくばくか和らぐ気がした。

蛙は覚悟を決めた。己の不運さを嘆き、後悔を忘れ、無力さを肯定する。拳は震え、肌は逆立ち、緊迫は息苦しさを招く中、目だけは神をしっかりと見据えていた。

ついに神が動いた。これから自分は死ぬのだ。自分の感覚では到底追い付かない電圧に灼かれて。今生へ別れを思い、悠然と構える。

どれほどの時間が経っただろうか。誇張するつもりもなくまさしく無限にも感じられるその時間の中で、未だに自我と五体は保たれている気がした。どうにもおかしい。訝しく目を開けた丁度その時、蛙の体を脆弱な刺激が襲った。氷属性を帯びた攻撃のようであった。蛙は酷く当惑した。どうして電撃に弊死せず済んだのか、何よりもどうして自分はまだこの生にしがみついていられるのだろうか。

蛙が尽きない疑問に頭を悩ませる中、突如として蛙の主は滑稽に踊り出した。何事かと思うより先に、蛙の体に不思議な力が宿った。体が勝手に動く。まるでこれから何を起こすのか元来解っていたかのように。小さな蛙の体に収まらなくなった力は、水製の竜巻として現出され、そのまま突き進み、立ち尽くす神を呑み込んだ。

しばらくして、竜巻とともに帯電空間は消滅した。その跡には、地に伏す神と呆然と立つ蛙と、歓に耽る人間と水しぶきだけが残っていた。